日蓮宗正興山勝立寺

葬儀について

死は人間にとって避けて通ることのできない最大の苦しみです。永遠の別離は見送るものにとっても身を引き裂かれるほど辛いものです。権力を持つものも富める者も、この苦から逃れることはできません。人はこの世に生を享けた瞬間から、死に向かって歩き続けているといるといってもいいでしょう。

葬儀の役割

葬儀について
 

 社会的役割

人は何かしら社会の一部として存在しています。そのためにその死を社会的に認知する必要があります。社会にその人の死を知らせ、人々が集まり、その死を確認します。

 物理的役割

目に見える形では最後の別れとなります。しかし、単なる物理的な火葬以上のものがあります。

 宗教的役割

亡くなった人の霊を佛の世界(あの世)に送り出すことです。娑婆世界(この世)の営みを終える物であるため、宗教的儀礼によって行われます。主にお葬式の中心をなすものです。

 心理的役割

死は周りの人々に衝撃を与え、悲しみといった感情をもたらします。その死を受け入れるには長い時間かかり、また葛藤を伴うものです。

 感情的役割

人の死に接すると様々な感情にとらわれます。昔は、人の死が新たな死を引き起こす「祟り」があると信じられていました。そのためにこの恐怖感を和らげるために、死者の霊を鎮魂する必要がありました。 死者をいとおしいと思う感情とともに遺体が腐敗する恐怖を同時に持ちます。こうした感情を緩和するために、弔いの儀式が必要とされたのです。

 教育的役割

人の死は、周りの人々に「自分たちもいつか死ぬ存在である」ことを教えてくれます。死の事実から生の大切さを再認識させられます。葬儀は命の重さ、大切さを改めて知る場であります。

法華経を信仰する大切さ

法 華 経 を 信 仰 す る 大 切 さ

 
死という人生の中でもっとも大きな苦しみを克服するには、宗教的な救い以外ありません。
日蓮聖人は南無妙法蓮華経というお題目を唱えることによって、久遠実成の釈尊の救いにあずかることができると説かれました。
その救いは現世も死後も変わりありません。
法華経を信仰するものは、死後、霊山浄土に赴き仏陀釈尊とともに生きることができるのです。
こうした信仰に立つとき、死は永遠の別離ではなくなります。
葬儀とは、精霊を仏陀釈尊のまします霊山浄土へ送る儀式です。
遺族は故人の安らかな旅立ちを祈って葬儀を執り行いたいものです。

〜日蓮聖人の言葉から〜

 回向功徳抄(1256年)

 

〜 日蓮聖人の言葉から 〜  回向功徳抄(1256年)

 

父母兄弟がなくなった後に、初七日を知らず供養せず、ましてや四十九日、百箇日、一周忌、三回忌さえも思うことなく供養しないということは志としては大変情けなくあきれるばかりである。
あなたが個人を思い出さずに供養しないのならばいつ成仏できるのか。
涅槃経にはこう説かれている。
「残された遺族が精神的にも経済的にも個人から様々な恩恵を受けているのに、亡くなったからと言ってもう何も関係がないとして、来世のことを祈ることもしないと仏は悪霊となって末代までも祟るのである。 まったくの他人が供養しないのはいざ知らず、親類遺族が個人を思い出さずに供養せず、地獄の苦しみを少しでも取り除こうとしないのは大変悲しいことではないか。」

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